「おかえり。トーカ、ウィル」



地下水路に到着した二人を、薄い白衣を着て空良は出迎えた。



「陸善から預かった。渡しておく」



無愛想に、ウィルはディスクを渡す。それを、興味津々な目でトーカは見ていた。



「また、兄さんが何かしたみたいだね。すごい不機嫌そうな顔をしているよ」

「生まれつきだ」



と言いつつ、ウィルの顔はとても歪んでいる。



「じゃあ、上に戻ろうか。食事が出来ているからね」



上に続く階段を登る空良に、不機嫌な顔をしているウィルとトーカはついていった。誰も喋らず、ただただ階段を登るだけ。



トーカは前を歩く二人の動作から、それぞれがどんな心情なのかを予想する。空良は普段と変わらないようだがウィルは全く逆。とても苛
立っているよう。トーカは、これほどまでに怒りで塗りつぶされたウィルを見たことがない。



――それほど、陸善がむかつくんだろうな



トーカはそう思う。見かけに違わずウィルは温厚だ。だが陸善は、そのウィルを怒らせた。それだけの人間なのだ。



――けど、あのイルマって奴…あいつが何なのか気になる。ウィルがあんな風な反応を示したのもおかしいし、何より……俺と何かが同じ



あの文様からして、彼女もリクト・ヴィレと日本人の混血児であることは判っている。「同じ」だと感じるのは、そこではない。もっと
根本的なものが同じ気がするのだ。



――射魔と討神、似た名前なのも気になるし……。一度、空良の部屋に忍び込むか



その結論に至る頃には、三人は出口に辿り着いていた。










食事が終わり、三時間ほどがたった。すでに空良もウィルも寝付いている。ただトーカだけは眠ることなく、空良の部屋へと続く廊下に
立っていた。夜でも監視カメラは動いているため、それに見つからないようにそっと歩いていく。



「まるで、データ盗みに来た泥棒だな」



まあ、データを盗み見るためにいるんだけどな。そう付け足す。

空良の性格からして、今まで何度かウィルの持ってきたデータは全て保存してあるだろう。トーカの憶えている限り、陸善に届けられた
ディスクの枚数は五枚。仕舞ってある場所は見当がついている。



「けどまずは、空良の部屋に入るのが先決だな」



カメラは首振り設定にはなっていないようで、多少は楽に部屋に行けそうだ。

トーカは一気に、カメラの死角を走った。このカメラは音も感知し、警報を鳴らす。少しでも足音をたてれば、そこで即終了。トーカは
そのため、靴を履かずに来たのだった。けれど、もちろん手に靴を持っている。いざとなれば、窓伝いに部屋に戻るつもりだからだ。

暫く走ると、空良の部屋の扉が見えてきた。



 ――あともう少し!



ラストスパートとばかりに、トーカはスピードを上げた。そして部屋の扉の横あたりで、カメラの向きを確認する。



 ――……最悪



当たり前のことだが、カメラは扉を向いている。これでは入れない。

トーカは親指の爪を噛んだ。少しの間考える。



 ――これじゃ、カメラに映るな。このまま無理矢理入って、中でデータ消すか…うん。面倒だし、それでいいか



そして、扉の取っ手に手をかけた。そのまま、扉を開ける。




ガチャッ




音が鳴ってしまった。



「!!」



トーカは驚いて、一瞬身を堅くした。けれど、一向に警報は鳴らない。



「スイッチ入れるの忘れたか?」



それから、少しだけ警戒を解いて、空良の部屋に入った。

部屋に入るなり、つかつかと部屋の置くにあるコンピュータに向かった。電気など付けずとも、トーカは簡単にコンピュータを扱える。
空良よりもできると自負しているくらいだ。

トーカはとりあえず、コンピュータの電源を付けた。部屋が明るくなる。



「じゃ、次はディスク探すかな」



呟いてから、ディスクラックに手を伸ばす。ラックには数十枚ものディスクが並べられており、ご丁寧にその全てにテープが貼ってあっ
た。その中から、目当てのディスクを取り出した。

トーカの手にあるのは、テープに五番と書いてあるだけのディスクだ。



「空良、ホント馬鹿だな。ちゃんとタイトルを書いてるやつと番号しか書いてないやつがある。番号のやつは奥の方に入れてあるし。そ
れじゃ、これは秘密のディスクですって言ってるようなもんだ」



その後も、トーカはディスクを取り出していく。順番に見つけていくのだが、いきなり十四番と書いてあるディスクを見つけたときは驚
いた。やはり、トーカが知らないうちに、ディスクは幾枚も届けられていたのだ。

そして約十分後、タイトル無しの番号だけが書かれたテープが貼ってあるディスク全てを見つけ出した。けれどその数は二十三枚。予想
を大きく上回っていた。



「何の研究してるんだか、あいつらは」



とりあえずトーカは番号順に見ていくことにし、一番のディスクをコンピュータに差し込む。さすがは空良という具合で、パスワード画
面も何も無しで内容が表示された。内容の殆どは、リクト・ヴィレに関してだった。



「リクト・ヴィレのDNA情報、純血のリクト・ヴィレ民族の能力、その知能や身体能力……空良も陸善も、そんなのに興味持ってたん
だな」



最後にはデータが書かれたと思われる日付が書いてあった。西暦2190年7月9日と。



「いまから17年前か」



つまり、トーカの生まれる2年前ということになる。



「そりゃあ、俺の予想を超えるわけだ」



それからも、トーカは順番にディスクを見ていった。内容は殆どがリクト・ヴィレの情報で、稀に日本人やヨーロッパ人、アメリカ人の
遺伝子情報などが記入されていた。トーカはもう飽きていて、内容は少しも読んでいない。

けれど、九番のディスクを表示した時、トーカの目が変わった。『S.O.L計画』という言葉が目に入ったからだ。



「正式名称、Sacred war Of Lict vire(セイクリッド ウォー オブ リクト・ヴィレ)……」



トーカは憎々しげに呟いた。

その詳細は、未だに抵抗を続ける国―――つまりアメリカ合衆国―――を完全に制圧するというもの。その程度のことであれば、毎度の
ことなので何も感じない。けれど、その方法が一番気に食わなかった。

純血のリクト・ヴィレ、及び日本人との混血児を使おうというのだ。純血のリクト・ヴィレは、戦う力よりも後方支援の力を持っていた。
対して、混血児は戦う力だけを持つ。よって、この二種でペアを組めば、それ一つだけで一万の兵にも勝てる、と考えたのだ。

それが『S.O.L計画』の正式名称の由来。



「とことんムカツクぜ、陸善のヤロウ」



そして今度は、十番のディスクを差し込んだ。そのディスクもリクト・ヴィレと混血児の能力についてだった。

陸善たちは、何度も何度も、飽きることなく能力の研究をしていたようだ。その十番のディスクには、リクト・ヴィレの情報が限界まで
詰まっていた。




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2189年8月25日現在、我々が確認した純血リクト・ヴィレ(以後『純血』)の能力は29種。

主に千里眼、予知能力、傷の超速再生などの、自然やそれに属するものとの共存のための能力であることが共通して見られる。

対してリクト・ヴィレと日本人との混血児(以後『混血児』)には、そのような能力は見られなかった。

予知能力だけは混血児の中に1割弱ほどいたが、ほかは全てが戦う力を持った者だった。

種類は純血のものをはるかに上回る数字で、今現在確認できている107種をゆうに超えるだろう。

我々はリクト・ヴィレの血が混じった者を集め、数々の研究をしてきた。

その中で見つけられたのは、日本人以外と交わった者の子には戦う力を使う者はいないということだ。

ヨーロッパやアフリカ、東南アジアの人間の血では、純血の能力しか持たない。

これによって、混血児の能力は日本人の血でしか現れないことが判った。

けれど、その人間に少しでも日本人の血が入っていれば、能力が現れる。

これはおそらく、日本人特有のDNAが原因と思われる。

それを実証した我々は、ここに『S.O.L計画』の確立を宣言しよう。





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トーカはそのまま、十一番のディスクを差し込んだ。その表情は、研究者たちへの怒りで満ちていた。




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『S.O.L計画』を発動するため、我々は人工的に混血児を生み出す実験をした。

純血のリクト・ヴィレと純血の日本人のDNA及び精子・卵子を採取し、人工授精をさせた。

生まれ出たのは十五人の男女。

けれど、そのうちの殆どは能力を収めきれるほどの器を持たず生まれたため、生まれて間もなく死した。

残ったのは、二人。男女それぞれ一人ずつ。


男児は、体中の筋肉を自在に操り肉体を一時的に活発化させて戦う能力を持っていた。

女児の方は予知能力と、言葉によって相手の神経を乗っ取り操ることのできる能力を持ち生まれた。

『S.O.L計画』は、二人の混血児だけでは足りない。

よって我々は、この二人を育て成長過程を観察し、次なる混血児を生み出すことにした。

生まれてから三年が経つ前に暗殺術を教え、スパイと称した捕虜を殺させ、その行動の全てを監察した。

その成長は凄まじく、瞬く間に人を殺す術を憶えた。

齢五歳になる前には、殺気を感じただけで攻撃を開始するほどにまでなった。

ここまでの成長をすることは、誰も予想をしていなかった。

ゆえに我々は、また少し研究を進めることにした。

この二人の混血児を戦わせ、精神破壊と、身体破壊と、そのどちらが『S.O.L計画』に向いているのか。

そしてこのとき、我々はまだ混血児達に名を与えていなかったことに気付いた。

あまりこのことに対しては興味が無かったためか、なかなか名が決まらずにいたが、二人の研究者が混血児達の名を考え、そして与えた。

男児には「討神」という、神のごとき力を持つ者を討つ、という意をこめた名を。

女児には、悪魔のごとき力を持つ者を射る、その意味を込めた「射魔」という名を。

それから、我々は「討神」と「射魔」を二人の研究者に預け、観察させることにした。

その二人の研究者は、坂之上陸善と坂之上空良。最高研究者"プロフェッサー"五人のうちの二人だった。

我々はいずれ、討神と射魔を戦わせデータをとるつもりだ。

そしてそれによって、『S.O.L計画』に使う混血児を選ぶ。

ゆえにこの実験は、この国の、日本の未来を決める重要なものになるだろう。





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このディスクはここで終わり、次からのディスクには、トーカとイルマのデータが入っていた。もうここから先は、見る必要も無い。

最後の一文を読み、トーカは呆然とした。キーの上に乗せていた手が、だらりと下がる。

自分たちは、人を殺すために生まれてきた。生まれてからずっと人を殺すことを教えられていたのは、このためだったというのだ。そ
れも、今までに殺してきた人間は皆、スパイなどではない。ただの捕虜でしかない。



「俺たちはずっと、何の罪も無い人間を殺してたってのかよ……ッ」



部屋に、トーカの押し殺した泣き声が響いた。



















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