「さあ、皆さん! 僕は当サーカス団の団長、カリス。いよいよこの町最初の、サーカス公演の始まりです!!」 カリスが両手を上げ、観客達に挨拶をした。テント中が、喚声に包まれる。 「最初は、このサーカス一番の力自慢、スキナーの大車引きです!!」 カリスが、楽屋へ続く入り口へと手を伸ばす。それに続いてライトも動き、入り口を照らした。そこには、坊主頭の大男が立っていた。 手には太く長いロープを持っている。 「ロック、ナック、ピーズル」 雑用である、巨漢双子のロックとナックが象を三頭引いてテントの中央に来た。その後に、同じく雑用のピーズルが大きな車を運転して 中央に出てくる。それから、ロックが象の首と首とをロープで結び、ナックがピーズルの運転してきた車の車体と先頭の象とを、同じよう にロープで繋いだ。ピーズルも車から降りた。 「スキナー、頑張って」 「おう。まかせとけ、団長」 スキナーは、手に持っていたロープを腰に結び付け、もう片方の端を車の車体に結び付けた。 「うおぉりゃあぁぁあ!」 雄叫びを上げ、スキナーが車を引っ張った。それと共に、ロックたちが象を反対方向へ歩き出させる。観客全員が、息をのむ音が聞こえ た気がした。 スキナーの体が、どんどん後ろに引っ張られていく。足元に、足の滑った跡が残る。スキナー頑張って、という子供の声が聞こえた。 「皆さん、手拍子をお願いします」 カリスの手拍子に合わせて、ロック、ナック、ピーズルが手を叩いた。それから少しずつ、観客席から手を叩く音が聞こえてきて、すぐ後 には、先ほどの喚声と同じように手拍子の音がテントを包んだ。 「うおおぉぉぉおッ!!」 スキナーの雄叫びが大きくなった。筋肉の隆起した腕や背が、さらに盛り上がる。そして段々と、スキナーの足が前へと進んでいく。象の 方も一度鳴いて前へ進もうとするのだが、スキナーのほうが力が勝っているようで、もう一歩も前に進めない。 観客席から、再び喚声が上がった。 とうとう、テントの端にまでスキナーが辿り着いた。 「どうか、彼に盛大な拍手を!」 礼をするスキナーに、大きな拍手の音が降り注いだ。 「お疲れ様。ゆっくり休んでて」 「ああ、そうさせてもらう、団長」 スキナーは楽屋へと退いた。それを見届けてから、カリスは観客の方へ向き直った。 「ではでは、次に移りましょう。次は当サーカスの華、ローゼの空中ブランコです!」 カリスの手が、上方に設置された台を指した。ライトも同時に動く。ライトで照らされた先には、白いバレエドレスの下にレギンスを穿 き、青いリボンでゆるくカールした髪を結ったローゼが立っていた。 彼女は華麗に礼をする。 「皆さん、悲鳴の準備はいいですか? ローゼ!!」 カリスの掛け声で、ローゼが飛んだ。下にあるブランコに向かって手を伸ばす。パシッというきれいな音が響いて、ブランコが揺れた。 「きゃあっ」 女性の悲鳴が聞こえた。 その後もローゼはずっと、テントの天井から伸びる幾つものブランコに飛び移りつづけた。ときには足をブランコに掛けたりもした。 普通のサーカスならば、カリスの言う「悲鳴の準備」は必要無い。けれど、このサーカスの天井の高さは尋常ではない。それゆえに、ここ までの悲鳴が存在するのだ。 「ピーズル!」 いつの間にか、二つの松明をもったピーズルが高台に登っている。足を掛けたブランコを最大限に揺らして、ローゼはピーズルのもとに来 た。タイミングよく、ピーズルは松明を渡した。ローゼは両手に松明を持ち、ぶらんぶらんと揺れている。揺れるたびに、松明の炎も大き くなった。 「ロック、ナック急いで!! ローゼ、準備はいい?」 ロックとナックが、今度はトランポリンを持って舞台に出ていた。ローゼは松明を振って、カリスの質問に「大丈夫」と答えた。 「今度こそ絶叫が必要ですよ!」 カリスの言葉が終わると同時に、ローゼは勢いをつけて足をブランコから離した。それと共に、松明からも手を離した。 ざわざわという音と、老若男女の悲鳴が聞こえる。時間差で、ローゼの体と二本の松明が落ちてくる。 「ダン、もう少し右へ!!」 ローゼの言葉に、ロックとナックの二人が右側へ動いた。次の瞬間、ローゼがトランポリンの上に落ちて跳ね返る。上空で体を捻り、地面 に着地。時間差で落ちてきた松明を両手で掴み立ち上がった。少しの間があって、ローゼは喝采を浴びた。 高台から降りてきたピーズルに松明を渡し、代わりにタオルを貰って、それで汗を拭きながらカリスからインカムマイクを貰う。 「それじゃあ、今度は私が司会をやりますね。次は、団長カリスの猛獣ショーよ!」 待ってましたとばかりに、拍手が巻き起こった。大きな音を出しているのは、女性と子供がほとんどだ。 そんななかに、楽屋から大獅子と大蛇を連れたカリスが入場してきた。 「いやー、なんだか嬉しいね。よろしくね、ドーン、ダスク」 カリスは大獅子・ドーンと大蛇・ダスクに話し掛ける。二頭は、御意とでも言うように頭を動かした。 「それじゃあ、行ってこーい!」 最初に動いたのは、大蛇のダスクのほうだった。尾で、器用にローゼの空中ブランコで使ったトランポリンを立て、布の部分を切り裂く。 それを見計らって、ロックとナックがそれに油をぶち撒け、ピーズルが松明で火を点けた。骨組みが燃えない素材で出来ていたため、切り 裂いた時に残っていた布だけが灰になった。けれど、骨組みは依然火のついたままだ。 その様子を見ていたローゼが、納得したように手を叩いて言った。 「最初はドーンの火の輪くぐりね」 「そうだよ。ドーン、跳んで!」 カリスの掛け声で大獅子のドーンが、燃えつづけるトランポリンの骨組みに向かって走った。手前三マットルほどで跳び、燃える骨組みを 潜りぬけた。 着地したとき、ドーンの鬣は燃えていなかった。逆に、後ろの炎で輝いて見えた。 「いい子、いい子。よくやったね、ドーン」 自分のもとへ戻ってきたドーンの首元を、カリスは幾度も撫でる。大人でも逃げるほどの大きさのドーンがまるで猫のように見えた。 「ドーンは休んでて。はい、お待たせ。次はダスクの番だよ」 大蛇のダスクを呼び、次へと移った。 「次は、誰も見たことの無いようなものを見せるよ。よく見といてね!」 カリスが手を叩いた。その音に反応し、ダスクがものすごい速さで高台に向かった。そして、これまた器用に、するすると登っていく。ま ばたきを何度かするうちに、ダスクは頂上に到着した。 「ダスク! 自分のタイミングで行って良いよ!!」 高台の頂上まで行くと流石に声が聞こえづらいので、カリスは大声で言った。 ダスクはそれには答えず、タイミングだけを計っていた。 「はは、ダスクは緊張しやすいからなぁ」 「皆さん、お静かに」 ローゼが言った言葉で、テントに静寂が訪れた。 準備が出来たのかダスクはブランコを咥えた。ブランコの紐が切れるのではないかと思ったが、そこまでヤワなものではないようだ。まっ たく動じていない。 次の瞬間、ダスクが前方に落ちた。否、落ちたのではない。ブランコを咥えたまま、ぶら下がっているのだ。勢いをつけて、ダスクは次の ブランコに尾を巻きつけた。同時に咥えていたブランコも離す。ブランコとブランコの間がそんなに離れていないので、ダスクの体が馬の 蹄鉄のような形になる。 その様はまるで動物園の猿のよう。何度もやっているうちにコツを掴んだのか、ダスクはスピードを増していった。客席からも、子供の きゃーきゃーと喜ぶ声が聞こえた。 もう一方の高台に辿り着き、ダスクは降りてきた。 「お疲れ様、ダスク」 カリスは、ドーンとダスクをピーズルに預け、ローゼからインカムマイクを受け取る。ローゼは楽屋に戻っていった。 「はい、これにて僕の猛獣ショーは終わりです。お次は今日が初舞台の新人、アズとリート!」 楽屋から、邪魔にならない程度に身を飾ったリトアルドとアズナが出てきた。ぺこりとお辞儀をし、中央に向かって走ってくる。 「頑張って」 マイクに拾われないよう、カリスは小声で言った。 「はい。それじゃあリート、最初は練習したヤツね」 「うん」 アズナがサラマンダーを召喚し、辺り一面に火の粉を撒き散らした。もちろん、観客席に火の粉が行かないよう気をつけて。それから、リ トアルドはウンディーネを召喚した。すぐに火の粉を水でやさしく包む。 『シルフ!』 彼女達は同時にシルフを召喚。それらを観客席の方へ飛ばした。 「えっと、これはもう熱くないので触って平気です。でも潰したりしないように。水が服に垂れてしまうので」 リトアルドのそれを聞いて、子供達が次々に触れていく。最初はそっとだったが、段々手で跳ねさせるように触れていった。 「それじゃあ、今度はもっと凄いヤツ行きまーす!!」 今度は、彼女はとてつもなく大きな火の玉を作り出した。これは、もうサラマンダーでは無理なほどの大きさだ。おそらく、火神・フレイ ムバードを召喚したのだろう。 「あ、アズ! ちょっとこれ無理!!」 リトアルドは言ったが、もう遅い。「出しちゃったんだから、やんなきゃ駄目でしょ」と流された。 「ウンディーネじゃ絶対無理だよ、これ…。こんなとこで召喚するのを許してください、アクアドラゴン!」 一度謝ってから、リトアルドは水神・アクアドラゴンを喚んだ。水で形成された龍が、大きな火の玉を包みこむ。最後には、火の玉を水で 完全に消して破裂させた。小規模の雨が降る。 「むー、それじゃ今度はもっと大きいのを……」 「これで終わりです! ありがとうございました!!」 アズナはまだ続ける気だったようなので、リトアルドは無理矢理、楽屋まで引っ張っていった。司会のカリスが困ったように喋っているの が聞こえる。 「何で終わらせちゃったのよー、もっと凄いのやろうと思ったのにぃ」 「フレイムバードを喚んでまで、あんな大きいの出さないでよ。火、水、風、地の四神は、そんなに簡単に喚んでいいものじゃないんだか ら」 「……はーい」 本当にわかっているのか、この娘は。リトアルドは拳骨を喰らわそうとする右手を押さえ込む。 「ほいじゃ、次はオイラだ。嬢ちゃんら、お疲れさん」 誰かがリトアルドの頭をポンと叩き、楽屋から出て行った。逆光の所為で容姿は見えなかった。声からして、まだ二十歳に満たない男だ。 「リート、次の人始まった! なんか凄い人みたいだよ」 「う、うん」 テントの中央で、黒いフード付きのローブを纏った青年が観客に向かって一礼をしていた。 「オイラの名前はラフェルモ。これから、世にも不思議な奇術をご覧に入れるぜ!」 ラフェルモはローブを脱ぎ捨て、後ろへ放った。そこから現れたのは、異国の服装を着た赤毛の青年だった。複雑な形に縫われた藍色の長 衣を白い帯で留め、その上に短いマントを羽織っている。それらを見た観客はいぶかしんだが、リトアルドは前にネルトの校内にある図書 室で、あの服装を見たことがある。遠国に古くから伝わる伝統衣装だ。 ラフェルモは、どこからともなく出てきた大きな鈴を鳴らし、厳かに舞い始めた。その瞳は、周りの景色を映しているように見えるが、実 際にはそうではないようだ。 「あれ、何て言うんだっけ。トランクじゃなくて……」 「トランス状態のこと、アズ?」 「そう、それ」 楽屋の布を少しだけ捲り、リトアルドとアズナはショーの様子を見ていた。 ラフェルモの舞にあわせて、彼の周囲の光が集まっていく。そしてそれは、青白い炎となって周りを飛んだ。 「わあ……!」 息を飲む子供の声が聞こえた。 青白い炎は、まるでラフェルモを護るかのように周囲をくるくると回っていた。やがてそれも、幾つかの炎が集まって姿を成していく。ひ らひらと舞う「羽衣」と「着物」を纏って宙に浮かぶ、少女の姿だ。 〈妾は、天祇・露璃姫(あまぎ・つゆりひめ)――〉 神々しい光と共に、露璃姫が言った。子供達が目を輝かせる。 「姫。いつもの、頼んだぜ」 〈よかろう〉 露璃姫が、上へと舞い上がった。 「まばたき一つしないでくれよ!」 ラフェルモが大きく、鈴を鳴らした。途端に、露璃姫の羽衣が青く光り出し、その光がテント中を包み込む。 驚いて目を瞑ってしまったリトアルドが、眩い青い光が収まったのを感じ、目を開く。すると、テントの中央にいたはずのラフェルモの姿 がない。 「リート、あれ! 上の方!!」 アズナに指差され、慌ててそちらを見てみると、台の辺りの中空に浮かんでいるラフェルモと露璃姫、そして、ラフェルモの脚にしがみ付 いている小さな少年の姿があった。 「ぼうや!?」 少年の母親らしき女性の声がする。その声に、子供は「お母さん!」と叫んだ。 「おいおい、そんなにしがみ付かなくたって平気だぜ。ほれ、ためしに手ぇ離してみ?」 ラフェルモに言われ、少年は恐る恐る手を離してみる。が、やはり恐怖心はある。片手を離したところで――母親に名を呼ばれた所為もあ るだろうが――身を震わせてまたしがみ付いてしまった。 「だいじょーぶだって。な、姫?」 〈当たり前じゃ。妾の力をなめるでないぞ〉 露璃姫に言われ、ようやく少年は両手を離した。それを見届けたラフェルモは、左右の台に登ったロックとナックの方を見た。 「ダン、よろしくー」 ラフェルモに言われ、ロックとナックが下から持ってきた長い棒を出す。それをそのまま、横に振り回した。続いて、下に向けて振り子の ように振った。 「ご覧のとーり、糸も透明な板も無いぜ」 少年を肩車しながら周囲を歩いたり走ったりして、ラフェルモは下のほうへ降りていった。不思議なことに、彼は見えない階段を降りてい るかのようにしている。 そうして、ようやく地上の方へと戻ってきた。ただし、まだ少しばかり宙に浮いている。 「よし、じゃあ少年。名前はなんていうんだ?」 ラフェルモに訊ねられ、少年は短く「ユウキ」と答えた。 「じゃあユウキくん、今何か欲しいものはあるか?」 「お菓子が欲しい! キャラメル味の飴!」 「よし、それをオイラがあげよう」 そう言って、ラフェルモが少年を下ろした。そのまま、彼の頭に手を乗せる。 「飴を強くイメージしてくれな。お客さん方も、よぉっく見といてくれよ!」 少年が目を瞑ってイメージしているのを見、ラフェルモは右手を上に掲げて緑色の炎を生み出した。そして今度は手首をくるりと回し、手 を握りしめる。同時に、炎が消えた。 「ユウキくん、もう目開けていいぜ」 少年の頭の上に乗せた手をどけ、次は握った右手を開いた。するとそこには、よく売店などで売られている飴があった。 「わあっ!」 「これで良かったか?」 喜んでラフェルモから飴を受け取る少年を見て、観客たちまでもが沸いた。そのまま拍手喝采が起こる。 「そんじゃあ、そろそろユウキくんをお母さんのトコに帰してやんなくちゃな」 そう言ってラフェルモは落ちていたローブを拾った。それを少年に被せ、手を鳴らす。すると、何の前触れも無くローブが地に落ちた。そ こに少年がいたはずなのに、だ。 「ぼうや!」 声があがった方を見ると、少年を腕に抱いた母親の姿があった。それを見て、また拍手が巻き起こる。 「ありがとな、姫。お疲れさん」 〈うむ〉 そう言って、露璃姫はふっ、と姿を消した。 「以上! ラフェルモと露璃姫がお送りいたしやした〜」 再び落ちたローブを拾いラフェルモが一礼し、それを見計らってカリスが出てきた。 「本日の公演はこれで終わりです。ありがとうございました!」 ロックとナック、そしてピーズルに先導され、観客が順にテントの外へと出て行く。 ようやく、リトアルドとアズナの初舞台が終了した。 お気に入りましたら、クリックお願いします♪ この話のあとがきを読む! 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