サーカス公演の終わった夕二つ鐘。テントの中にて。


	
『かんぱーい!!』



その中で、衣装から着替えた団員の大きな声と酒の入ったグラスを打ちあう音が聞こえた。



「みんな、お疲れ様! この町で始めての公演、上手くいったね」

「ただ、問題なのはラフよ。いくらなんでも、初日にあんなことしちゃダメじゃない」

「上手くいったんだから、いいじゃんかさー」



カリス、ローゼ、ラフェルモの三人は仲良く喋っているが、リトアルドたち二人はロックとナックに挟まれて堅くなっていた。ロックの隣
にはスキナーもいる。



「あれ、リートとアズの様子がおかしいね。こっちおいでよ」

「カリス…」



ようやく救いの手が差し伸べられたとばかりに、二人はカリスたちの下へ走った。アズナはカリスの胸に飛び込む。



「ダンに挟まれてたら、そりゃあ堅くなるわよね。あんな巨漢双子だし」

「あの…」



リトアルドが右手を上げた。



「質問なんですけど」

「なぁに?」



半泣きのアズナを宥めていたカリスが答えた。



「その、ダンさんとかラフさんとか、誰が誰だかわからないんですけど…」

「………あ」



カリスが口を開ける。その肩を、ラフが小突いた。



「おいおいカリス〜、嬢ちゃんたちに紹介してなかったんかぁ? そりゃ酷いだろー。
そんじゃあまずオイラから! オイラはラフェルモってんだ。ラフって呼んでくれや、嬢ちゃん」


ラフことラフェルモが、リトアルドに手を出した。よくよく見れば、彼はきれいな金色の瞳を持っていた。リトアルドはそれに見とれ、手
を出すのを忘れた。



「どした、嬢ちゃん?」

「あ、いえ。何でもないです。リトアルドです、よろしくお願いします」



ラフェルモに呼びかけられて気付き、握手をした。

……何だろう、何か違和感を感じる。



「ん? どうしたんだ、リート?」

「…………ラフさん、そんなに髪短かったですか?」

「ああ、これ? ショーの時は付け髪付けてんだ。姫が、髪が長いほうが良いって言っててな」



自分の髪を触り、ラフェルモは言った。



「それで、カリスに抱きついてるのは……アズって言ったか?」

「はい。アズは愛称で、本名はアズナっていいます。あ、今は声をかけない方が良いと思いますよ」

「了解〜。あとさぁ」



ラフェルモがにこりと笑った。何か考えていそうな感じだ。



「敬語やめようや」

「は?」

「オイラたち同世代だろ? だったらタメ口でいいっしょ」

「ラフ、いい加減になさい」



ローゼに言われ、ラフェルモは押し黙った。



「ラフと喋ってると、一日中眠れなくなるわよ。この子、黙ることが滅多に無いから」

「子ども扱いすんなっ」

「十八なら充分子供よ」



ローゼは、見た目とは違ってかなりの毒舌のようだ。ラフェルモは怒ってそっぽを向いてしまった。



「カリス、みんなを紹介してあげなさいよ」

「うん、そうだね。はい、みんな一回立ってー」



グラスを地面に置き、団員が立ち上がった。カリスは、アズナに抱きつかれていて立ち上がることが出来ない。



「ラフはもう自己紹介したからどーでもいいとして……」

「どーでもいいってなんだよっ!」



またもカリスは、ラフェルモを無視。ラフェルモは自棄になって酒を飲みつづけた。



「じゃ、右端から。彼はスキナー・ヘルディート。公演でやっていたとおり、スキナーは力自慢なんだ。踏み潰されないよう、気をつけ
て」

「おいおい団長、俺は人を踏み潰したりはしねーよ。それより、いい加減泣き止んでくれよ、アズナ」

「…うえぇん」



余計に泣き出してしまった。けれど、これは嘘泣き。長い間一緒にいるリトアルドにはすぐ解る。

困り果てたスキナーが、一本の髪の毛も無い頭を掻いた。皆が笑う。



「次がロック・ダンとナック・ダン。見たとおり一卵性の双子でね、僕たちでも、どっちがどっちかわかってないんだ。でも片方を呼べば
もう片方も付いてくるから、あんまり困ってないんだよね」

『俺たちゃダン兄弟ー。よろしくなー、新人ー』

「は、はは」



見事に揃っているその言動に、リトアルドは苦笑するほかなかった。

次に、カリスはピーズルの方を指す。



「それから、アルガーヴァ・ピーズル。アルガーヴァが家族の名前で、ピーズルの方が名前なんだよね。こんな長い髪だから女の子に見え
るんだけどぉ、実は男の子なのでしたっ! あ、でも、オカマとかじゃなくて、ただ単にヤワに見えるってだけだからね」

「今、さりげなく言っちゃいけないこと言ったよな、団長」

「あははー、許してよ、ピーズル」



ふざけて笑いあうカリスとピーズル。顔はまったく似ていないが、仲の良い兄弟のように見える。



「ピーズルだ。よろしく」

「よろしくお願いします、ピーズル」

「アズナのほうも、よろしくな」

「うん」



さっきまで嘘泣き全開であったアズナは、ピーズルに手を出されて、それを笑顔で握った。彼女は既に、カリスに抱かれることなく地に立
っている。



「お前ら、今日も、昨日の面接も遅刻しかけたんだ。明日からは早めに来いよ」



ピーズルが、くすくすと笑いながら言った。リトアルドとアズナはそれに驚く。



「え、何でそれ知ってるんですか?」

「ピーズル、面接の時いなかったじゃない」

「いや、その場にいたぜ? 受け付けやってたの、俺なんだぞ?」

『…うそぉ』



確かに、受け付けをやっていた男の声は、ピーズルの声に良く似ている。けれど、こんな顔立ちだったか。こんなに髪が長かっただろう
か。



「…カリス、俺って、そこまで女に見えるか?」

「うん、かなり見える」



即答され、ピーズルは一瞬魂が抜けたようになった。けれどすぐにもとに戻る。



「もういい。ラフと一緒に酒飲んでる」

「…さて、これが団員全員だよ」



一言だけ言ってラフェルモのもとへ向かったピーズルを、一瞬目で追ってからカリスが言った。

リトアルドは、やはり名の挙がらなかった人物の名を紡ぐ。



「じゃあ栖螺希って人は、やっぱり、いないんですか……?」



カリスは首を捻るが、やはり出る言葉は否という意のもの。



「うん、このサーカスにはいないよ、そんな名前の人は。夢でも見てたんじゃない?」

「…やっぱり、そう…だったのかな……」



そう言うリトアルドの顔は、わずかに哀しみを表していた。本人は全く意識していないけれど。

その顔を、アズナは何か強い思いを宿した目で見ていた。けれど、すぐにその視線をカリスへと戻す。



「ねー、カリス。これから夕食、食べに行かない? おいしい民族料理のお店見つけたの。時間はいつでもいいから、ね?」

「こ、これからかい? 嬉しいけど、片付けとかをしなきゃいけないしなぁ」



アズナの急な誘いに戸惑い、おろおろとするカリスに、ローゼは言った。



「行ってきなさいよ。片付けは私達がしておくわ」

「そ、そうかい……? それじゃあ、」

「行こう!」



カリスに最後まで言わせず、アズナはカリスの腕を引っ張っていく。けれど途中で振り返り、リトアルドに言った。



「あ、そうそう。宿舎には門限ギリギリに帰ると思うから、モール女史には何とか言っといて、リート」

「了解。楽しんできてね」



それからまた、カリスのことを引っ張っりながら走り出した。



「リートには好きな子、本当にいないの?」



アズナたちを見送りながら、ローゼはリトアルドに尋ねた。それに対し、リトアルドは即答で、



「いません。恋愛自体、興味もありませんよ」



と答える。その答えに、ローゼは一瞬唖然とし、けれどすぐにクスクスと笑った。



「そんなにキッパリ言うんだ。そんなに綺麗な顔なら、男の子もどんどん寄ってくるでしょうに」

「う〜ん…気にしたことないので、わかんないです」



実際、彼女は周りの目をあまり気にしない。目立つことは嫌いなので、学校内ではアズナのように暴れまわったりもしない。今回の入団
だって、本当はあまり乗り気ではなかった。けれど、バイト代を分けると言われれば、貧乏人の部類にあたるリトアルドは、その程度のこ
となど、やってしまう。



「さ、それじゃ、片付け始めましょ」

「はい」



酔いつぶれているラフェルモとピーズルを端まで転がして、リトアルド、ローゼ、スキナー、ロック、ナックたちは、公演で散らかってし
まったテント内を片付け始めた。











「やっと終わったわね」



そろそろ夕四つ鐘が鳴るかという頃、飛び散ったクラッカーの紙などを集め終え、彼女たちは寝転んだ。力自慢のスキナー、巨漢双子の
ダンでも、これだけ広ければ多少なりとも疲労は溜まるらしい。寝転ばないまでも、肩を上下させている。



「ええ。とても疲れました」

「にしても、ここまで煩くしたっていうのに、起きる気配ナシね、ラフたちは」



ローゼの視線の先には、顔を真っ赤にし、むにゃむにゃと何事かを呟いているラフェルモとピーズルの二人がいた。



「あれだけ酒を飲んだんです。当たり前でしょう」

「どれくらい飲んでたかしら?」

「高さ五十サンくらいのボトルが、七本空になって転がってましたね」

「……明日は、二人とも二日酔いね。薬を用意しておかなきゃ」



ローゼが立ち上がる。あれだけの公演と労働を終えながら、彼女の額には汗の雫一つない。



「もうひとつ手伝ってもらっていいかしら? この二人をキャンピングカーに運びたいの。ダンとスキナーは、もう動けなさそうだし」

「はい」



足に力を込めようとも思っていない男たちを、細い肢体の女たちが運ぶ。どれだけ異様な風景なのだろう。本来ならば、これは逆になるだ
ろうに。

ラフェルモたちを、キャンピングカーに設置されたベッドに寝かし、再び外に出た。二人はうーん、と伸びをする。



「お疲れ様、今日はこれで終わりよ。明日も夕一つ鐘にここね。二人で頑張ってね」



手を差し出され、リトアルドはそれを握り返した。



「はい、お疲れ様でした」

「じゃあね。おやすみ」



 手を振り、リトアルドはテントから出た。

 リトアルドの中で、一番楽しく、一番華やかだった日は、これで終わった。












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